第1 甲の罪責
1、新薬の書類を持ち出した行為
(1)新薬の書類を持ち出した行為について、窃盗罪(235条)と業務上横領罪(253条)のいずれが成立するか。
両罪の区別は、甲が新薬の書類を持ち出した12月15日の時点において、新薬の書類が甲の占有に属するかどうかで判断する。
本件では、新薬の書類にはA社の新薬開発チームが作成した新薬の製造方法が記載されており、機密情報が記載されていたといえる。そして、甲社では、各部においてそのような業務上の情報等をそれぞれ管理していた。そして、新薬開発部の部長は同部の業務全般を統括し、上記のような新薬の書類を管理する業務に従事していたことから、新薬開発部の部長には、新薬の書類に対する占有が認められる。したがって、12月2日までは甲は同部の部長だったので、甲に新薬の書類に対する占有が認められる。
しかし、甲は12月3日付けで財務部経理課に所属が変わり、新薬開発部の後任の部長に引き継ぎを行って、新薬の書類が保管されている金庫の暗証番号を教えている。A社では各部において業務上の情報等をそれぞれ独立に管理していること、互いに他の部から独立した部屋でh業務を行っていたことからすれば、新薬開発部の部長であった者でも、財務部経理課へと所属が変われば、新薬開発部の機密情報が書かれた新薬の書類に対する占有は失われると考えられる。したがって、12月3日時点における新薬の書類に対する甲の占有は失われているといえる。そこで、窃盗罪を検討する。
(2)「他人の財物」
「財物」とは有体物をいうので、情報自体は「財物」にあたらない。もっとも、情報も紙に記載されれば「財物」にあたる。本件の新薬の書類は、機密情報が紙に書かれたものなので、「財物」にあたる。また、新薬の書類に記載されていた情報は機密情報であたり価値が高いので、窃盗罪の客体から除外されない。
(3)「窃取」
甲は、A社の意思に反して、新薬の書類を持ち出し、占有を自己に移転させているので、「窃取」にあたる。
(4)したがって、窃盗罪が成立する。
2、C所有のかばんを奪った行為
(1)まず、甲はC所有のかばんの持ち手を手でつかんで引っ張ってかばんを取り上げただけであり、反抗抑圧するに足りる程度の暴行までは加えていないので、強盗罪(236条1項)は成立しない。
(2)では、窃盗罪が成立しないか。
甲はCの意思に反してC所有のかばんを自己の占有に移転させているので、窃盗罪の構成要件に該当する。
(3)もっとも、甲は自己のかばんを取り戻していると考えているので、故意(38条1項本文)が認められるか。
自力救済は原則として禁止されているので、事実としての財産状態を保護する必要がある。したがって、窃盗罪の保護法益は占有それ自体と解すべきである。そうすると、所有者が自己の物を取り返す行為も窃盗罪の構成要件に該当する。
もっとも、目的が正当であり、手段が相当な場合には、社会的に相当な行為といえ違法性が阻却される。
そこで、甲が認識していた事情が実際にあった場合、上記の違法性阻却事由にあたるか検討する。
本件では、自己が所有するかばんを取り返す目的であったから、目的は正当といえる。また、甲はいきなりCからかばんを奪っているわけではなく、「返してくれ。」とお願いしたにもかかわらず、Cが無視したことから、やむを得ずかばんを奪っている。また、その際も、手でつかんで引っ張ってかばんを取り上げるにとどまっている。したがって、手段も相当といえる。よって、甲は違法性阻却事由を誤認識していたといえる。
そして、違法性阻却事由の錯誤は、違法性を基礎づける事実の認識がない点で、反対動機を形成することができないので、故意が阻却されると解する。
よって、甲に故意は認められない。
(4)したがって、窃盗罪は成立しない。後述のとおり、乙とは共同正犯(60条)となる。
3、また、甲の上記の行為によってCは怪我をしている。上記のとおり、違法性阻却事由を認識しており、故意は認められないので、過失致傷罪(209条1項)が成立するにとどまる。
第2 乙の罪責
(1)実行行為をしていない乙に、窃盗罪の共謀共同正犯が成立しないか。
共謀共同正犯も1次的責任を負う正犯である以上、①共謀、②①に基づく実行だけでなく、③正犯性も必要である。
(2)共謀
乙は、甲が新薬開発部の部長であることを知り、新薬の書類を持ち出すように指示し、これを受けて甲は「分かった。」と承諾している。前述のとおり、新薬開発部の部長である地位は、背新薬の書類の占有を基礎づけるものである。したがって、甲乙間には業務上横領罪の共謀が成立する。
(3)共謀に基づく実行
もっとも、甲が実際に行ったのは窃盗罪である。そこで、共謀に基づく実行があるといえるか。
この点については、共謀に基づく因果性が甲の行為に及んでいるかで判断する。
本件では、甲乙は書類の持ち出しについて共謀を遂げており、実際に甲は書類を持ち出している。窃盗罪が成立するのは、甲に書類の占有が認められないからだけであり、他に特に因果性が及んでいないとする事情はない。したがって、甲の行為に因果性は及んでいるといえる。よって、②もみたす。
(3)正犯性
たしかに、甲は部長であるのに対し、乙は後輩であり、乙の方が地位が上であるという事情はない。しかし、乙は、指示通り書類を持ち出せば300万円を支払うこと、乙の会社の支社長として迎え入れることを申し出ており、甲の心理に重大な影響を与えている。また、書類の持ち出しは乙の利益になる行為である。
したがって、正犯性が認められる。
(4)故意
もっとも、乙は業務上横領罪の故意で、実際には窃盗罪の結果が生じていたので、故意が認められるか。
認識事実と客観事実が異なる構成要件にまたがる場合であっても、実質的に重なり合う場合には、その限度で反対動機が形成できるので、故意が認められる。業務上横領罪と窃盗罪は他人の物の領得という点で実質的な重なり合いが認められる。したがって、窃盗罪の故意が認められる。
(5)よって、窃盗罪の共謀共同正犯が成立する。
なお、乙は後に甲が財務部に所属が変わったことを認識しているが、既遂後の事情であり、犯罪の成否に関係ない。
第3 丙の罪責
窃盗罪が成立しないか。
(1)丙が甲のかばんを持ち出した時点で、かばんに対する甲の占有は認められるか。
窃盗罪における占有は、事実的支配を意味する。もっとも、占有の態様は物の状態等によって様々なので、占有の事実と占有の意思を総合して社会通念によって判断すべきである。
たしかに甲は自動券売機に向かって立っており、かばんが置かれた待合室を見ることはできない。また、待合室は誰でも利用できる場所であった。
しかし、丙がかばんを持ち出したときに待合室を利用した者は甲と丙のみであった。また、自動券売機と待合室とは20メートルしか離れておらず、甲が離れてから丙が犯行に及ぶまでの時間も1分にとどまり、時間的場所的近接性が認められる。
したがって、社会通念によって判断すれば、丙の持ち出し時にカバンに対する甲の占有は認められる。
(2)もっとも、窃盗罪が毀棄罪よりも重く処罰されるのは、財物を利用しようとする意思が強い非難に値し、重い責任が認められるからである。したがって、窃盗罪が成立するためには、経済的用法に従い利用処分する意思が必要であると解する。
本件では、他人のかばんを盗み交番に申し出ることによって、逮捕され留置施設で生活することを目的として行為に及んでいる。これはかばんの効用を利用する行為とはいえないので、経済的用法に従い利用処分する意思は認められない。
したがって、窃盗罪は成立しない。よって、丙は罪責を負わない。
第4 まとめ
以上より、甲には窃盗罪と過失致傷罪が成立し、併合罪(45条後段)となる。乙には窃盗罪が成立する。
8枚目まで書いた。
甲の2つ目の行為について、故意の有無を検討するにあたって、いきなり保護法益の話をしてしまい舌足らずだったと思う。
丙の罪責のところで占有の有無を検討するところがうまく書けなかった。メインの論点だと思われるので、ここで事実をうまく評価できなかったのは痛い。